【覚書】サウンドスケープ

サウンドスケープの詩学 フィールド篇
鳥越けい子著
春秋社(2008年3月発行)より
ご購入⇒ http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-93533-0/

p115
第一次世界大戦前夜のイタリア
未来派の作曲家ルイジ・ルッソロが、製鉄所、汽車や自動車の音など、20世紀の初頭の都市を彩る様々な騒音を、音楽芸術のなかに積極的に取り込もうとして「騒音の音楽」を提唱・実践しました。

この流れは、第二次世界大戦後のミュージック・コンクレートとなります。そして外界のさまざまな音を録音してそれらを編集したり、加工したりして、ひとつの音楽作品をつくりあげるこの音楽においては「楽音」と「非楽音=環境音」との区別は完璧に解消されたのです。さらにその後の20世紀の後半におけるサンプラ―・マシンその他の電子楽器の普及を通じて、あらゆる環境音が音楽の素材となりうるということは、もはや「常識」となりました。

「サウンドスケープ」という考え方は、まさにこのような20世紀の芸術音楽の流れのなかで生まれたもの。その流れをさらに推進するために生み出されたものです。提唱者のシェーファーは「私たちは音の全領域にわたる新たな種類の楽音を手に入れた…今日すべての音が音楽の包括的な領域内にあってとぎれなのない可能性の場を形成している」と述べ、こうした20世紀の現代音楽の一連の流れのなかにサウンドスケープ概念を位置づけました。シェーファーはまた、サウンドスケープ概念を、ルネッサンス依頼の西洋音楽の流れににおける音素材拡大の必然的な帰結としてとらえています。

p136
マリー・シェーファー
「音の世界の専門家」として、自分がいくらすばらしい「オーケストラ作品」を作曲することができても、日々の音の世界に関して自分自身の暮らしを衛ることができないなんてなんと残念な(バカげた?)ことか、と「現代音楽」の世界の狭さや、そうした意味での「音楽家の無力さ」を歯がゆく思ったはずです。

普通の音楽家はそこで「騒音公害反対の歌」などを作ったり演奏したりする(実際のところシェーファーも、北極圏地域を走り回るスノーモービルがまき散らす騒音告発のためのオーケストラ曲を作っています)。けれども、彼の場合は単にそういうことには留まらず、これまでの「音楽の音」だけではなく、「騒音」なども含めた「音環境全体」の問題を歩かう事のできる「サウンドスケープ」という考え方を生み出した、というわけだったのです。
シェーファーによるこうした作業もまた「専門家として働くこと」と「ひとりの人間としての生きること」との溝を埋めていく活動だった、と私は考えます。

p172
シェーファーによる「サウンドスケープ・デザイン」についての定義

自然科学者、社会科学者、芸術家 特に音楽家 の才能を必要とする新しい学際領域。
サウンドスケープ・デザインは、音環境、すなわちサウンド・スケープの美的な質を改善するための原理を発見しようとするものである。そのためには、サウンドスケープを我々のまわりで絶えず展開している巨大な音楽作品として思い描き、そのオーケストレーションと形式をどのように改善すれば豊かで多彩な、それでいて人間の健康と福祉を決して破壊することのないような効果を生み出せるかを問う必要がある。サウンドスケープ・デザインの原理には、特定の音の削除や規制(騒音規制)、新しい音が環境の中に野放図に解き放たれる前にそれらを検討すること、特定の音(標識音)の保存、そして何よりも音を想像力豊かに配置して、魅力的で刺激的な音環境を未来に向けて想像する事が含まれる。サウンドスケープ・デザインには音環境のモデルを創作することも含まれており、この点において現代音楽の作曲に連続した領域である。

著書『世界の調律』は、ロバート・フラッド(ケプラーと同時代のイギリスの思想家)の『両宇宙誌』という本のなかにある「正解の調律」という第の挿絵からとっている。

(1)耳と声の重視
耳の聴取機能に障害をきたしたり、声が聞き取れないような環境は有害である。

(2)音の象徴性の認識
音の象徴作用には、常に信号伝達機能以上のものがある。

(3)自然のサウンドスケープのリズムとテンポの知識。

(4)軌道をはずれたサウンドスケープを本来の姿に戻すためにバランスをろつ仕組みメカニズムの理解。